teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. 足あと帳(0)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


ざんねん

 投稿者:OGAMI  投稿日:2016年11月12日(土)17時42分20秒
返信・引用
  養成講座があって、視察のお客さん対応などで、行けませんでした。
講演後懇親会のご盛況を、お祈りします。^^;
 
 

人間国宝豊竹嶋大夫 熊本地震お見舞い公演

 投稿者:田上 彰  投稿日:2016年10月 4日(火)11時36分3秒
返信・引用
  目的外利用で失礼します。ぼくの近況報告代わりと思ってお許し下さい。

 別添チラシにもあるように,清和文楽オリジナル作品「雪おんな」の
制作にご尽力いただきました人間国宝豊竹嶋大夫から熊本地震のお見舞
いと応援をしたいとの申し出がありました。

 そこで,ぼくが所属する山都町郷土史伝承会の主催で,嶋大夫と清和
文楽との交流公演を下記の通り開催します。一人でも多くの方に人間国
宝の芸を清和文楽館で鑑賞していただきたくご案内申し上げます。
なお,予約受付は直接下記清和文楽館宛てに電話で予約して下さい。

         記
日 時  平成28年11月12日(土)
1回目  開演 13時(開場 12時30分)
2回目  開演 16時(開場 15時30分)
     料金 各公演2,000円  会場 清和文楽館
     演目 「雪おんな」 清和文楽との交流公演
         豊竹嶋大夫と清和文楽保存会
         対談 大夫の生い立ちと文楽あれこれ
     予約  清和文楽館 0967-82-3001
     主催  山都町郷土史伝承会
 

石山さん案

 投稿者:田上 彰  投稿日:2013年12月24日(火)10時36分9秒
返信・引用
  編集可能なように石山さん案をOCR化しました。

山都町長 工藤秀一 様


          要 望 書

山都町浦川水路に架かる夕尺橋の保存について

以上表紙

     夕尺橋(石橋)の保存について

 貴職におかれましては、日夜ご尽力賜り深く感謝申しあげます。
さて、現在工事が進められています、金内地区の浦田水路改修工事の件であり
ます。この改修計画区間に夕尺橋(石橋)が現存しています。
 昨今の異常気象による、たび重なる出水により、被害もでているとの現状か
ら今回のご計画と認識しております。
 計画では、この橋を撤去して水路幅を拡張されるとの事であります。
この橋は江戸末期に架けられたと云われ、一時期には日向往還のルートともな
った歴史のある橋です。ここに有ってこそ、橋の歴史は語られます。
 ここからこの橋がなくなる事は非常に残念なことでありますが、現状をふま
え撤去は止むなしに至っても、移転保存を強く要望いたすものであります。

         記

1. 移転先は現在地付近かもしくは金内橋(左岸下流広場)
2. 移築の費用は町負担
                               以上

                      平成25年12月  日

提出者   金内自治振興区 区長
      山都町の石橋を守る会 会長 浜田浩二


 

しつもん

 投稿者:OGAMI  投稿日:2013年12月24日(火)09時25分30秒
返信・引用
  PDFをPAINTに貼付ると、勝手に横長になってしまいます。
解決しきりませんでしたので、そのまま添付しました。
元は縦長です。なんでかおしえてください。
 

石山さんからです

 投稿者:OGAMI  投稿日:2013年12月23日(月)08時52分41秒
返信・引用
  田上氏案と石山氏案を付き合わせて、ご検討ください  

陳情書

 投稿者:田上 彰  投稿日:2013年12月21日(土)11時40分51秒
返信・引用
   陳情書は、石山さんの方でモデルがあるとのことで
したが、それとは別にぼくの方でも案を書いてみまし
た。

書くに当たって、陳情の趣旨は「移築保存」だけにと
どめました。石工養成講座受講生への発注依頼までは
書けないので、そこは口頭の方がよろしいかと思いま
す。

「本来は、線形変更を望むところではあるが」との文
言は、入れたがいいですか?
「何度も災害にあいその都度修理がなされた」と書い
てもいいですか?

なお。夕尺橋の架橋年についての文献はだれかご存じ
の方はいませんか?

語り部の会も陳情者に加えようという話しでしたが、
会長が同じですけどいいですか?

日本の石橋を守る会もどうしますか?昨日の最後の
話しでは、地元だけでという話しもあっていたよう
ですけど。


                    平成  年  月  日
山都町長 工藤 秀一 様
                         山都入佐269番地3
                    山都町の石橋を守る会
                       会長 浜田 浩二

          陳 情 書

第1 陳情の趣旨
    夕尺橋を移築保存してください。

第2 陳情の理由
1 本会は、山都町の石橋を保存、且つその活用を
図り、もって町民の文化向上に資するとともに、世
界文化の進歩に貢献することを目的として設立され
た団体です。

2 貴町におかれましては、平成25年度から山都
町金内地区の浦田水路の改修工事を施工されていま
す。この水路に架かる夕尺橋が、この工事の施工に
伴い撤去されると聞きました。

3 夕尺橋は、日向往還の橋として文久2年(18
62年)に架けられました。架けられた当時は「遊
雀(ゆうじゃく)橋」とよばれていましたが、のち
に「夕尺橋」と改められたといわれています。長さ
4.3m、幅2.1m、高さ1.9mと小さな眼鏡
橋ですが、周囲の風景と調和した素朴な美しさは他
の橋にひけをとりません。

4 また、小さい故に、より地域の人たちの生活の
橋として何度も災害に遭いながらも、その都度大事
に修理がなされ150年以上にわたり利用され続け
て来ました。そうした地域の人たちの思いが込めら
れた夕尺橋をこれからも末永く後世に遺し伝えたい
と思います。

4 よって夕尺橋を、現在地に近い場所に移築保存
下さりますよう陳情します。

 

夕尺橋撤去について

 投稿者:田上 彰  投稿日:2013年12月21日(土)10時00分57秒
返信・引用 編集済
   夕尺橋の下を流れる金内川(事業名称は浦田水路)
の河川改修工事が現在行われていますが、この工事
に伴い夕尺橋の撤去が予定されているとのことです。

 昨日午後6時から中央公民館に、浜田会長以下、
石山、尾上、山下及び田上の5名の会員が急遽集ま
り、この問題について協議を行いました。

 何分この事実を知ったのが、今週の初めというこ
とです。ぼく自身、工事があっているのは目にしま
したが、てっきり国道改修に付随する工事ぐらいに
しか思っていませんでした。

 昨日の協議会での石山さんの説明によれば、夕尺
橋の下を流れる川が大雨のたびごとに氾濫するので、
以前から川幅を広げて欲しい旨地元から町に要請が
あっており、それに応える形で、大矢野原演習場周
辺整備事業の一環事業として山都町農林振興課が工
事を発注しているとのことです。

 上述の通り既に工事は始まっており、夕尺橋付近
の工事施工は平成26年度に計画されており、その
後も上流へ向け改修が行われる予定だそうです。

 計画の段階でしたら線形の変更を申し出るところ
ですが、あいにく橋の下流は既に工事が進んでいま
すので、線形変更は困難であると思われます。
さすれば、残された道は移築ということになります。

 そこで、本会としましては、何よりもまず担当課
に出向き、担当課の意向を聞き、併せて移築のため
の予算措置などを町に要望を行うということになり
ました。

 そのためには、移築のための概算見積書を作成し、
移築のための要望書を準備することになりました。

 なお、移築工事の施工は、石工養成講座受講生ら
によって行い、移築場所も、元あった場所に近いと
ころとして金内橋付近が候補地としてあがりました。

 また、今回のこの事件を教訓として、今後町が公
共工事を行うに際し、石橋が工事にかかる恐れがあ
るときは事前に本会の意見を聞いて欲しい旨も町に
申し入れようとなりました。

 最後に浜田会長の言葉です。
「石橋はその大小にかかわらず、地域の人々の生活
の橋です。小さな橋は、なおより身近な橋です。
こんな橋を大事にしなくてはならない。」
 

夕尺橋を隠居させないで

 投稿者:OGAMI  投稿日:2013年12月20日(金)22時31分23秒
返信・引用 編集済
  何処に移動させられても、やはり人の役に立つ構造物として活躍してもらいたいですね。
人間でいえばまだ三十代、これからもっともっと頑張ってもらいましょう。

金内橋のそばの公園は、洪水の歴史を調べないと、危ない場所かもしれません。
流出葬なんてことになるわけにはいきません。
 

突然ですが、阿蘇ジオパーク講習会開催のお知らせです。

 投稿者:本田ひ@山都町  投稿日:2013年 1月30日(水)11時36分48秒
返信・引用
   阿蘇ジオパーク講習会開催のお知らせ

 山都町観光協会の主催で、阿蘇ジオパーク推進室より講師を招き、講習会を開催します。

 阿蘇ジオパーク推進室より講師を迎え、阿蘇ジオパークについての解説や、

 「阿蘇大地」の成り立ち、山都町の石橋との関係などを学ぶ講習会です。

 興味のある方も、そうでない方も、是非ご参加ください。もちろん無料です。

 ========================

 平成25年 2月2日(土)の 18時00分より 19時30分まで

 山都町 中央公民館 3階 視聴覚室にて

 =============================

 よろしくお願い致します。

 
 

TV

 投稿者:ogami  投稿日:2012年12月15日(土)16時36分47秒
返信・引用
  連絡がありましたのでお知らせします。

去る7.12の豪雨により被災した石橋について、八女市上陽支所
から調査依頼があったので中村秀樹さんと私が行きましたところ、
ちょうど(計画的か不明)RKB毎日放送さんが取材されており、
合流した時の様子が1時間のドキュメンタリーになったようです。

新九州遺産(RKB制作)
「奔流に耐えて~星野川の石橋 千年の知恵~」
(福岡県八女市上陽町のひふみよ橋)

 各局放送日程
 (H24.12.7現在)
RKB 1/3(木)07:00-07:55
NBC 未定
RKK 1/3(木)05:55-06:50
OBS 1/2(水)05:55-06:50
MRT 1/3(木)05:55-06:50(予定)
MBC 未定
RBC 1/1(火)05:05-06:00

http://8.pro.tok2.com/~niemon/kumamoto/kumamotohasi.html

 

おしらせ

 投稿者:ogami  投稿日:2012年10月 4日(木)17時09分45秒
返信・引用
  NHK熊本放送で「くまもとの石橋」の放映があります。
(熊本以外もあるのかもしれませんが・・・)
10月の紹介は、御船町の「八勢眼鏡橋」です。
上塚事務局長のガイドで、約2分間ずつです。

10月13日(土) 20:43~45
10月14日(日) 19:58~00
10月27日(土) 20:43~45
10月28日(日) 19:58~00

ぜひご覧下さい。保存下さい。

なお11月は、人吉の「石水寺門前橋」です。

http://8.pro.tok2.com/~niemon/kumamoto/kumamotohasi.html

 

役員会の件 

 投稿者:本田ひ@山都町  投稿日:2012年 7月 2日(月)10時15分11秒
返信・引用
   すみません

 みなさん お忙しいのに 勝手に決めたこと 申し訳ありません。

 早く早くと焦るばかりで、周りに御迷惑をおかけしてしまいました。

 ひとまず、どこかで区切りをつけるためにも、今月中に行いたいので、

 日程を改めて、ご連絡いたします。

 
 

Re: 山都町の石橋を守る会の総会の件です。

 投稿者:田上 彰  投稿日:2012年 6月30日(土)08時08分16秒
返信・引用
  > No.196[元記事へ]

 役員会と云うことは、下記のメンバーで開催し、
総会は、後日招集されるのでしょうか?
ちなみに、10日は伝承会がありますので、
いずれにしても私は出席ではません。

  会 長  浜田浩二  氏
  福会長  石山信次郎 氏
  事務局長 本田博士  氏
  会 計  山下勇輔  氏
  監 事  島田譽久  氏
  同    原田俊光  氏



>  大変遅くなり 返す言葉もございませんが
>
>  平成23年度 山都町の石橋を守る会 総会 に伴う、役員会を行います。
>
>  7月10日の 午後18時30分から 観光協会の事務所で行います。
>
>  浜田会長 未確認ですが、総会について話し合いたいと思います。
>
>  大変お忙しい中ではございますが、宜しくお願い致します。
>
>  事務局見習い 本田ひ
>
>
>  

http://www.youtube.com/watch?v=TarJ8-NergE

 

山都町の石橋を守る会の総会の件です。

 投稿者:本田ひ@山都町  投稿日:2012年 6月29日(金)13時57分59秒
返信・引用
   大変遅くなり 返す言葉もございませんが

 平成23年度 山都町の石橋を守る会 総会 に伴う、役員会を行います。

 7月10日の 午後18時30分から 観光協会の事務所で行います。

 浜田会長 未確認ですが、総会について話し合いたいと思います。

 大変お忙しい中ではございますが、宜しくお願い致します。

 事務局見習い 本田ひ


 
 

総会で発表できるよう

 投稿者:ogami  投稿日:2012年 6月 4日(月)11時40分38秒
返信・引用
  石工養成講座のカリキュラムを作成しようと思います。
いつごろになるでしょうか?

http://8.pro.tok2.com/~niemon/kumamoto/kumamotohasi.html

 

いただきました

 投稿者:ogami  投稿日:2012年 5月30日(水)22時34分14秒
返信・引用
  わざわざ持ってきてくれて、申し訳ない。
ありがとうございました。

http://8208.teacup.com/yamanma/bbs

 

すみません

 投稿者:山下です  投稿日:2012年 5月23日(水)21時42分10秒
返信・引用
  総会の折に渡そうと準備してましたが、 お渡しそこねていました。

すみませんさっそく手配いたします。
 

勇輔くん

 投稿者:ogami  投稿日:2012年 5月23日(水)07時20分57秒
返信・引用
  標柱代の領収証をお願いします。^^  

総会準備 

 投稿者:大丈夫ですか  投稿日:2012年 5月19日(土)19時18分38秒
返信・引用 編集済
  町のためになる、人の役に立つ、意義ある総会にするために
 

今日の熊日

 投稿者:ものずきさんです  投稿日:2012年 5月16日(水)23時42分53秒
返信・引用
  見ました!見つけました!やりましたね!

北川内橋  復元  やりましょうヨ!  声を上げ続けないと

かなう夢もかなわなくなります!

できて 何ぼです    御船川眼鏡橋   もあります。

みんなでがんばりましょう!
 

熊日新聞4/25朝刊

 投稿者:尾上一哉  投稿日:2012年 4月28日(土)16時30分46秒
返信・引用
  蘇陽の小学校4年生の女の子ですばい。
特別会員になってもらわにゃんですね。

http://8.pro.tok2.com/~niemon/kumamoto/kumamotohasi.html

 

Re: 標柱の件

 投稿者:田上 彰  投稿日:2012年 4月 6日(金)12時02分38秒
返信・引用
   尾上君からの回答がないので、代わりに私からお答えします。

ネット上の説明に依れば、

「壊す」は「物理的にこわす」

「毀つ」「毀す」は、「削り取る・そぎ落とす、その結果機能しなくなる」というニュアンスの「こわす」です。

(刀の「はこぼれ」は「刃毀れ」です。)

「毀す」は、もともとは「こぼつ」「こぼす」と読んでいましたが、音便化で「こわす」と読まれるようになったものでしょう。

ただ、「壊」のほうは土へんなので、元々は土手の決壊などに使われていました。

結論を申せば、「取り壊す」でよろしいかと思います。
 

標柱の件

 投稿者:山下石材  投稿日:2012年 4月 4日(水)11時28分1秒
返信・引用
  尾上様へおたずねです。

  聖橋の説明文の中で   「取り毀す」  となっていますが   「取り壊す」  という表現  建設現場関係者として
どちらの表記をとるべきなのでしょうか???????

ご判断  よろしく御願いいたします。
 

Re: 標柱依頼の件

 投稿者:本田ひ@事務(研修中)  投稿日:2012年 3月26日(月)08時58分52秒
返信・引用
  > No.180[元記事へ]

 確かに、時代が変わり、歴史が顕彰され、史実が明らかにされていくと、これまで聞き伝えてきた内容が変化することはあると思います。

 「橋の名」と共に文書に残っている記録であれば、「架橋年号」「石工」などの記録も記してもよいのではないでしょうか?

 それから、設置の許可については、事務局の方で手続きをしていきます。

 ほかの方からの意見もよろしくお願いします。




>  石橋に対する見解というか、個人個人の思い入れの深さに 私自身 身が引き締まる思いがしております。
> また、歴史認識や人心の移り代わりも考え合わせると、本当にこのままで大丈夫なのか
> 怖ささえ覚えます。
>  お話をいただいたときには、うれしさのあまり10本の標柱を用意してしまいました。諸事情によりまして・・・・・・・・・・・・
> そこで、2点ほど提案させていただきます。
>   ①  公的な機関の  お墨付きが  (設置許可をふくめて)  いただけないでしょうか?
>   ②  案内文の表記について歴史的な変化も(日時が過ぎた上での変化)を考えると  正面の「橋名」と裏面の「山都町の石橋を守る会」および日付  だけではいけないでしょうか?
>
> 以上二点ほど  お伺いいたします。
>
 

Re: 標柱依頼の件

 投稿者:田上 彰  投稿日:2012年 3月25日(日)21時00分25秒
返信・引用
  別紙が見えにくいですかね  

Re: 標柱依頼の件

 投稿者:田上 彰  投稿日:2012年 3月25日(日)20時48分42秒
返信・引用
  県道敷地については、別添道路占有許可申請を提出すれば、恐らく占有料免除で許可になると思います。
町道敷地についても同様の手続きを経れば許可になると思いますので事務局で申請をお願いします。
 

標柱依頼の件

 投稿者:山下石材  投稿日:2012年 3月25日(日)09時35分44秒
返信・引用
   石橋に対する見解というか、個人個人の思い入れの深さに 私自身 身が引き締まる思いがしております。
また、歴史認識や人心の移り代わりも考え合わせると、本当にこのままで大丈夫なのか
怖ささえ覚えます。
 お話をいただいたときには、うれしさのあまり10本の標柱を用意してしまいました。諸事情によりまして・・・・・・・・・・・・
そこで、2点ほど提案させていただきます。
  ①  公的な機関の  お墨付きが  (設置許可をふくめて)  いただけないでしょうか?
  ②  案内文の表記について歴史的な変化も(日時が過ぎた上での変化)を考えると  正面の「橋名」と裏面の「山都町の石橋を守る会」および日付  だけではいけないでしょうか?

以上二点ほど  お伺いいたします。
 

Re: 石橋標柱について。

 投稿者:田上 彰  投稿日:2012年 3月23日(金)16時18分37秒
返信・引用
  > No.178[元記事へ]

継承橋については、今大会で名前を募ると言うことなので保留です。

浜町橋(下馬尾川目鑑橋)
聖橋が架けられた翌年の天保四年(千八百三十三年)十一月、石工
棟梁八代郡野津手永岩永三五郎によって造られた目鑑橋。径間十二
・六メートル。大正十四年十二月と昭和三十七年の二回に亘り下流
側が拡幅されている。

聖橋(男成川目鑑橋)
日向往還の要所として天保三年(千八百三十二年)五月、石工棟梁
八代郡野津手永岩永三五郎によって矢部手永で最初に架けられた目
鑑橋。渡十一間(径間二十メートル)留二間(幅三.六メートル)。
昭和十二年に一部取り毀されたものの平成十一年七月に修復。

これで、ご異議がなければ進めて下さい。

 

石橋標柱について。

 投稿者:本田ひ@事務(研修中)  投稿日:2012年 3月23日(金)10時15分0秒
返信・引用
  ひと雨ごとに、温かくなり。降り止むごとに、春が感じられます。

石橋の標柱について、設置の日取りを決めたいのですが、

もう一度、彫り込む文字や文章をご確認して頂きたいと考えています。

石屋さんも「継承橋」の名前が、会報誌では違ってますので迷っておられるみたいです。

皆様のご意見をお聞かせ下さい。

また、どなたか「これで良し。」と太鼓判を押していただければ、心強いです。

よろしくお願いします。





 

標柱埋設について

 投稿者:田上 彰  投稿日:2012年 3月22日(木)19時19分20秒
返信・引用
   本田事務局長、日向往還歴史ウォークお疲れ様でした。
少しは、落ち着かれましたでしょうか?
落ち着かれたところで、標柱埋設の日程設定などの段取りを
お願いいたします。
 

取り急ぎ連絡します。

 投稿者:本田ひ@事務(研修中)メール  投稿日:2012年 3月 1日(木)12時49分37秒
返信・引用
  3月3日(明後日)の、大会案内の発送準備(日本の石橋を守る会の準備)の変更について

3月3日 午後1時30分から 通潤山荘にて 行う予定でしたが、

3月3日 午後1時から  通潤橋史料館にて 行う様に変更します。

よろしくお願いします。

 

何が大切か

 投稿者:よーく考える  投稿日:2012年 2月28日(火)18時22分15秒
返信・引用 編集済
  自身の人格と信用を守るためには、お客様が天皇陛下であってもね

このつぎは、だ め よ
 

御相談です。(ご協力のお願いです。)

 投稿者:本田ひ@山都町かたりべ会メール  投稿日:2012年 2月27日(月)17時27分28秒
返信・引用
   来る、3月3日(土)の発送準備の日に、山都町かたりべ会として、通潤橋の案内が入りました。午後二時から鮎の瀬大橋に行き、2時50分頃に通潤橋に行きます。

 そこで、発送の手伝いもせずに案内に出かけていく私(本田)を許していただけますか?

 そして、もしよろしければ、通潤橋を見学されるお客様方と一緒に見学して、通潤橋のお話をしていただけませんか?

 大会案内状の発送準備が終わってからで結構ですので、よろしくお願いします。

 案内するお客様については、当日おそろいの席にてご案内します。

 

感謝 尾上一哉様

 投稿者:本田ひ@事務(研修中)メール  投稿日:2012年 2月26日(日)13時53分24秒
返信・引用
   放水口石管の件 ありがとうございました。

 近いうちに 見に行きます。


 

放水口

 投稿者:尾上一哉  投稿日:2012年 2月25日(土)17時49分50秒
返信・引用 編集済
  保存というか ^^; 置いてあります。玄関に。
左が上流側放水口、右が中央放水口です。
石管を吊っている写真は、下流側放水口が破壊せずに
取り外されたことの証明です。
吊られている石菅は、下流側放水口の隣の石管です。

 

お尋ねします。

 投稿者:本田ひ@事務(研修中)メール  投稿日:2012年 2月25日(土)14時08分8秒
返信・引用
   通潤橋の石管を改修したときに、放水口の石管は3か所とも取り替えられたと思いますが、ひとつは通潤橋史料館に展示してありますが、残りの2つはどこかに保存してあるのでしょうか?

 放水口の穴はどうなっているのか? ちょっと気になったので、お尋ねしました。

 ご存知の方は、書きこみよろしくお願いします。
 

あっ、

 投稿者:本田ひ@事務(研修中)メール  投稿日:2012年 2月21日(火)19時08分53秒
返信・引用
  投稿者の名前変えていなかった。

  (^^;A
 

事務局 改名

 投稿者:本田ひ@事務(失格者)メール  投稿日:2012年 2月21日(火)19時05分53秒
返信・引用
   このたび 本田ひ@事務局(失格者)は、ちょこっと 反省いたしまして

 本田ひ@事務局(研修中)へと 名前を改めました。

 「アナコンダ」 ならぬ 「アナホンダ」 よりは マシかと…。

 さて、 今年も、日本の石橋を守る会の総会を、ここ山都町で開催することとなっています。

 準備も進んでいます。

 次回の準備を、3月3日 午後1時30分から 通潤山荘にて行います。

 内容は、案内状の郵送・配布の準備が主です。

 お手伝いいただける方、話し相手に来てくれる方は、是非お越しください。

 それでは (*^_^*)/

 よろしくお願いします。
 

橋名について

 投稿者:田上 彰メール  投稿日:2012年 2月21日(火)18時47分46秒
返信・引用 編集済
  新たに,
匠技(しょうぎ)継承橋
緑水(りょくすい)絆橋
浜の館雫(しずく)橋
浜の館滴(しずく)橋
等々提案があっています。

 

継承橋の橋名変更について

 投稿者:田上 彰メール  投稿日:2012年 2月18日(土)09時31分23秒
返信・引用
   山都町の石橋を守る会では、本年度の事業として、
町内3箇所の石橋について標柱を設置します。

 これまで、「継承橋」と称してまいりました
昨年石工養成講座で架けた石橋もその予定に含
まれています。

 この橋名について、地名を盛り込んだ橋名が
いいのではないかとの提案があっています。

 この地は、「岩立」と呼ばれていますが、
北側に畑字岩立もあり御所にも字岩立があるので
「城原岩立橋」とする案が提案されています。

 他に、皆さんご意見はありませんか?
何よりも石橋を架けた石工養成講座の皆さんの
ご意見を求めます。
 

(無題)

 投稿者:半人前  ヤマ  投稿日:2012年 2月16日(木)00時50分10秒
返信・引用
  アナ ホンダさん(仮称ですみません)何回も役員さんがたから言われているように、一人でしょい込まないでください!  気心の知れたみなさんが情報交換の場としてここの掲示板があるわけですからもっともっと書き込んでください!  おねがいします  

投稿者名が

 投稿者:犯罪者みたいだから  投稿日:2012年 2月15日(水)16時41分42秒
返信・引用
  「本田ひ@事務(失格者)」 というのは、

「本田ひ@事務」 または

「アナホンダ」 にしてくれませんか?

http://8.pro.tok2.com/~niemon/kumamoto/kumamotohasi.html

 

浜町橋について

 投稿者:田上 彰メール  投稿日:2012年 2月 8日(水)09時36分7秒
返信・引用
   保留にしていた浜町橋について、拡幅年が判明しましたので追加します。
山下さん、よろしくお願いしまする

浜町橋(下馬尾川目鑑橋)
聖橋が架けられた翌年の天保四年(千八百三十三年)十一月、石工
棟梁八代郡野津手永岩永三五郎によって造られた目鑑橋。径間十二
・六メートル。大正十四年十二月と昭和三十七年の二回に亘り下流
側が拡幅されている。



 

県設置 案内看板について

 投稿者:本田ひ@事務(失格者)メール  投稿日:2012年 1月26日(木)08時55分38秒
返信・引用
  おはようございます

県の方で設置してもらう案内看板を申請しまた。

浜町橋 聖橋 金内橋 の3か所を是非設置してほしいと希望しました。

早速、上益城地域振興局の西村さんから連絡があり、

浜町橋は交差点の関係で許可がおりにくいかもしれないということで、

今回は、 金内橋 鹿生野橋 聖橋 の3か所を設置するようにしました。

今日の午後1時30分から、金内橋 鹿生野橋 聖橋 と、現地の確認と設置場所の下見にいきます。

お時間の都合のつく方は、ご一緒に立ち会って頂きたいと思います。

また、2次希望として、瀬戸橋、浜町橋、郷野原橋、石堂橋、瀬峰橋 お願いしています。

以上の橋については、次年度からしつこく申請したいと思います。

さしより 報告します。



 

Re: 発注のその前に

 投稿者:田上 彰  投稿日:2012年 1月19日(木)18時36分49秒
返信・引用
  > No.161[元記事へ]

本田事務局長さんへのお返事です。

> 浜田会長に石柱う看板の設置の件。
> 及び、発注の件は承認を頂きました。

ありがとうございました。

> 西暦年号の表記などについてもご意見が有られるかと思いますが、もうひとつ、
> 「制作年」 もしくは 「設置年月」 は表記しなくてもよかったのでしょうか?
> ご意見求めます。

設置年月を記載するなら,裏面の「山都町の石橋を守る会」の前が,よいと思います。


> それから、金内橋のことで、浜田会長から一言
> 「地元の人たちの意見も聞いた方が良くはないだろうか?」
> とのことでした。
> 私が、「橋は川や谷を越えるためのモノだから、大小二つのアーチを合わせて金内橋と思う」
> と意見を言ったとき、このようにおっしゃって下さいました。

今回は,金内橋の説明板は用意していないので,県にお願いされる案内板のことでしょうか?
もし,そうであれば,従前と同じ「金内橋」でよいと思います。

またもし,説明板のことをおっしゃっているのであれば,次年度以降に於いて金内橋の説明板を
作成する際,金内橋の径間も測定し,その結果,文献による「金内川目鑑橋」と「中島新井手口
金内村懸目鑑橋」とを合わせたものが,現在の金内橋であると判明したなら,その旨説明板に記
載することになると思います。
 

発注のその前に

 投稿者:本田ひ@事務(失格者)メール  投稿日:2012年 1月19日(木)15時05分56秒
返信・引用
  ナンチャッテ事務局の本田です。

浜田会長に石柱う看板の設置の件。及び、発注の件は承認を頂きました。

西暦年号の表記などについてもご意見が有られるかと思いますが、もうひとつ、

「制作年」 もしくは 「設置年月」 は表記しなくてもよかったのでしょうか?

ご意見求めます。

それから、金内橋のことで、浜田会長から一言

「地元の人たちの意見も聞いた方が良くはないだろうか?」

とのことでした。

私が、「橋は川や谷を越えるためのモノだから、大小二つのアーチを合わせて金内橋と思う」

と意見を言ったとき、このようにおっしゃって下さいました。

以上 現況報告いたします。

 

Re: 下田さまへ

 投稿者:田上 彰  投稿日:2012年 1月19日(木)15時04分8秒
返信・引用
  本田事務局長さんへのお返事です。

 昨年調査しました下記資料を活かして下さい。
これに依りますと,瀬戸橋,金内橋が国道沿いで
最優先箇所かと思います。後は,予算の範囲で
増やして下さい。
 

石橋説明文最終版

 投稿者:田上 彰  投稿日:2012年 1月19日(木)14時33分18秒
返信・引用
   以下の内容で,本田事務局長から浜田会長へ報告のうえ承認を得て,山下さんへ発注して頂くようお願いしました。なお,西暦の表示について例えば(千八百五十二年)または(一八五二)のいずれが読みやすいか(後者なら年は不要),メートル表示についてのメートルまたはmのいずれが読みやすいかは,山下さんにお任せします。

聖橋(男成川目鑑橋)
日向往還の要所として天保三年(千八百三十二年)五月、石工棟梁
八代郡野津手永岩永三五郎によって矢部手永で最初に架けられた
目鑑橋。渡十一間(径間二十メートル)留二間(幅三.六メー
トル)。昭和十二年に一部取り毀されたものの平成十一年七月に修復。

浜町橋(下馬尾川目鑑橋)
聖橋が架けられた翌年の天保四年(千八百三十三年)十一月、石工
棟梁八代郡野津手永岩永三五郎によって造られた目鑑橋。径間十二
・六メートル。現在は、下流側が拡幅されている。

継承橋
平成二十三年(二千十一年)十一月、肥後の石工の技術を継承する
棟梁竹部光春指導のもと、荒木大人・本田和幸・山下勇輔・藤原孝
史・木庭正直・山崎博ら六人の石工によって造られた目鑑橋。長さ
四メートル、幅一・八メートル。

大きさは一辺が5.5寸角(約16.5mm)高さ5尺(約1500mm)頭部を45度の角度でカットした形で白御影石製の全面本磨きで日向往還用の製品より若干大きめ。字堀・色付けを行い工場渡しで一本あたり¥25,000円。
文字入れは正面に【橋名】左面に【説明文】右面 【場所名】 裏面 【山都町の石橋を守る会】
 

下田さまへ

 投稿者:本田ひ@事務(失格者)メール  投稿日:2012年 1月19日(木)14時04分51秒
返信・引用
  予算の条件 というより

設置の条件です。


予算も、県で設置して頂いた緑川流域石橋群の、あの緑色の看板を立てることが可能な予算です。

設置の条件としては、

○ 設置していない橋。
○ 設置可能な場所がある。(景観的なこと)(用地交渉など)

を考慮して、県で設置した時の規格で作ることになります。


よって、ある程度意見を集約してお願いしないと、別の予算になるかもしれないということです。

今、設置希望をまとめていますので、しばらくお待ちください。
 

Re: また誤記訂正です。

 投稿者:田上 彰  投稿日:2012年 1月19日(木)12時32分41秒
返信・引用
  > No.156[元記事へ]

 ただいま,県立図書館から電話で回答がありました。
調べては見たものの,書いてある場所を特定できなかったそうです。
「そんなに,枚数が多いのですか?」と聞いたところ,
「古文書を読める職員がいない。」との回答に驚きました。

土曜日なら県立図書館まで足を運ぶことができますので,
山下さん,それまで浜町橋についてはお待ち下さい。

 と,書いていたら,上塚先生から布田家文書の写しと
解読書をファックスして頂きました。

 それに依れば,「下馬尾川目鑑橋」と記載されていました。
しかも,その文書は,男成川目鑑橋に関するもので,
男成川目鑑橋架橋で余った費用を下馬尾川目鑑橋架橋費用に組み込む
と言った内容のものです。

よって,下馬尾河目鑑橋を下馬尾川目鑑橋に訂正し
浜町橋説明文を次のとおりとします。

浜町橋(下馬尾川目鑑橋)
聖橋が架けられた翌年の天保四年(千八百三十三年)十一月、石工
棟梁八代郡野津手永岩永三五郎によって造られた目鑑橋。径間十二
・六メートル。現在は、下流側が拡幅されている。

上塚先生,ご指摘及び資料ありがとうございました。
 

レンタル掲示板
/5